solivachi2

konoreのブログ、話がよく飛ぶ

せっかちEVIL

 思い返せば昔から考えるということが苦手だった。本能と反射で生きてるネと言われて返す言葉もない。気をつけなければと思う、それでも時々で言うことが変わってしまうのは、止まらない好き嫌いの動きのせいだ。残念ながら、私にとって意味があるのは正しいか間違っているかじゃないようだ。物事をそのどちらかに決めるのはすごく難しい。すくなくとも今の自分にとっては。

 決められないという状態の不自由さが苦手だ。だからすぐに決められる好き嫌いに終始する。そこに優しさや許しを伴わせるのはむずかしい、何しろめまぐるしい。私の人生、はやくしなきゃという経験則がこびりついてる。取り返しがつかなくなるまえに、ってそもそも取り返すほど持ってないのに。時間に追われているような気で悩んだことを「考えた」ことにしてきたけど、そうじゃあなかった。肝心かなめの行動原理は「いい」か「いや」で、くるしくとも複雑な気持ちはなかった。獣性あり、人間性なし、そう言葉にしてあらたに悲しい

 だけど孤独じゃないのは、この御し難い性を面白がる人が登場したから。私に取り柄をくれた。ただ、君は昔から大好きか大嫌いしかないネと言われてぐうの音も出ない。その2つはくるくる回転するばかり。親愛なるあなたにわざわざ言わせるほどの私、まったく高望みは許されない。いや横望み? 今はひと気のないこの道をまっすぐ行って、今までにいただいたものを大切にせねばなるまい。。はい、これから覚えなきゃいけないのは「好き」じゃなくて、「大切」。

 ぎりぎり考えられて善悪までということに罪の意識を感じる。みずからを悪と決めて生きるのは怠けなのか。ノー、牙を剥いて笑うヒールにならねば。必然のように、もうセンチメンタルより笑いのほうが「好き」だ。私はあなたを正義たらしめる、それでええじゃないかあ、かしこく優しいひとは無駄口が少ない。翻って、君から無駄口をとったらねえとの言葉ももらい済み。はっは。ほんとに、まるで要領得ない。句読点マルのあとすべてに(ばか)をつけたい。