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konoreのブログ、話がよく飛ぶ

(浅はかな)言葉の使い方 - written on Oct 18, 2016

 こんばんは。今夜は、もっと上手く言えなかったのかなって気持ちから。

 ごひいきの方には諒解してもらってるとこだけど、私は言文一致タイプの人間じゃない。しばしば独り言つタイプだと思われるけど、考え込んでいる時に発声することはまずないよ。喋りたいことなんてない・・・っていうと色々成り立たなくなるから実際に述べはしないけど、それでも確かに発話した瞬間手篭めにされる。す巻きにされる。投棄される。死ぬる。そんな感覚があるから、黙っていたいなと思う。

 「喋りたい」と「書きたい」「伝えたい」は隣接しながら異なる欲求だ。

 単に下手くそなのかもしれない。そう思いたい。それが誰のせいとか、何のせいとか、ゆえんは単に良しとしよう。検証すべきことは手口だ。

 あなたの前で口をつく言葉は口語らしくない。固くて、見えなきゃ伝わりにくい言葉だ。日本語は同音異義語が多いから、大抵そのままじゃうまく疎通ができない。もっと自由に選べたらいいのに、実際に喋るとき、言葉は消去法で選別される。優柔不断であって柔軟ではない私は遅延する。詰まる。噛む。吃る。感覚が顕現してしまう。

 喋っている時ほど、言葉をたよりなく思うことはない。

 喋った言葉は端から燃え落ちる。さながらゲームの強制スクロールだ。この身に炎が追いつくまでに言い換えなければならない。そうして命からがら繋げた言葉はどうなる? ただ灰神楽がおどるばかりに見える。

 言葉、覚えれば使える言葉。だけどあらゆる人にわかる言葉があるとは思わない。いつだって必死に切り開かなければ、あなたに全然届かない。

 喋るたびに同じことを書いてる。命かけて灰、間違ってるとは思わないんだ。ところが伝わった手応えは残らない。こんなにかちかちに凍った気持ちがあるのに、なぜ口に出すと水のように流動するのか。吐く息の熱さにむかついてやまない。

 むかつくことは他にもある。毎晩泣きたくなるほど情けなく、むっつりとした自分だけれど、苦しかったらおしえて、なんて姿勢はとても許せない。

 気づきを捨てた倚り懸かりが厭だ。まず苦しませちゃいけない。苦しんでいることを口にするのがどれほどの痛みなのか、私は知っている。好きな人にはいつでも自分を好きでいてほしい。嫌悪してほしくない。苦しませるならいなくなりたい。無力ですごく悲しいけれど、人間より時間と距離のほうが優しい。

 私も自分を好きでいたい。

 不思議だけれど、こんなにくどい馬鹿者をひいきしてくれる人もいる。外套の下でがさがさ心を掻きながらも「私たち」であれば涼しい顔ができる。そんなときは相手だけでなく自分も好きだ。

 ここがポイントなんだろう。こんなのやめちゃえば楽になる、と思いながらやらずにはいられないのは、愛する人たちすべてにそう思わせたいからだ。好きでいてほしい。涼しい顔でいてほしい。すべてっていうのは、例えばスーパーのレジのおねーさんも。すでに思っているのなら、更に深く思わせたい。それが多分、「伝えたい」って欲なんだろう。

 私の十八番は仕掛けそのもので、フォーマットがなきゃ働かない。言葉でも音でも。王道を行くだれかを羨ましがってる場合じゃなくて、もっと単純な道が暗示されてる気がするんだよ。誰ともないふりが私のふり。自由は透明のなかに。