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konoreのブログ、話がよく飛ぶ

まもる - written on Oct 21, 2016

 少し前に観たシン・ゴジラがやっぱり面白かったので、久しぶりに新世紀エヴァンゲリオン(テレビ版)をちょろっと見返してみた。そしたら昔とは違った感じがしたのでブログしてみる。 

 わたしが初めてエヴァを見たのは一人暮らしを始めたときだ。そのころはエヴァどころかあんまりアニメを見たことがなかった。むちゃくちゃ(に好き)なアニメなので、当時もいろんなことを思ったはずだけど、そのときは今みたいな感想は抱かなったような気がする。

 というのも、なんかシンジを守ってやりたいという気になった。

 新鮮な感じだけど、守りたいって何だ? 似た言葉はいろいろあるのに、役に立ちたいでも世話を焼きたいでもなく、守りたいとは、、。 

 いろいろ思ったけど肝心なのは、「こいつを脅かしているモノは自分にとってもヤバい」という実感なんだろう。シンジは荒唐無稽な世界そのもの混乱している。その混乱が肉薄するからハラハラする。

 じゃあ自分も「こんなのできっこないよ」と言いたいのかと思ったけど違う。敵というより、他人の意志と戦う術をもたないシンジは、ただ「苦悩する」という事象に成り下がっていた。それが見過ごせない。ヤバい。

 実際に守れるかどうかは置いとく。っていうか守れないアニメだし。じゃなくても、「守った」っていうのは、必ず守られた側に他覚させてもらわないとわからないよね。

 誰しも、同じモノと戦ってる人、その存在を守護霊的に感じることがあると思う。敵は、権威でも嫌悪でもなんでもいい。戦いに於いてその人が守っているのはその人自身だけど、彼の戦いぶりをみて、なぜか自分も守られているように感じたりする。戦う必要にかられていることを心強く思うんだ。

 自分を守る・大切にするっていうのは、命がけで自分を良しとすることだ。それぐらいの覚悟がなければ他人に流され削れてく。自分より他人の空腹を良しとしたら痩せ細って死んでしまう。だけど人一人が命かけなきゃいけない部分ってそんなにないから・・・自分に必要な畑だけでも守れれば、同質の世界を生きるだれかの畑を結果的に荒らさずに済む。

 それって福音。

 なーんてところは有名な最終回でも表現されてると思うのに(ちがう?)、公園でボール拾ってくる犬みたいに嬉々として書いてしまいます。まあシンジもネルフのワンコくんって言われてたし、これからもふつうの玉を一心不乱に取りにいく所存です。それがわたしの守備範囲。ではまた。