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konoreのブログ、話がよく飛ぶ

Damnfool - written on Nov 9, 2016

 可愛さ余って憎さ百倍。愛されてるからって平和とは限らない、ヘイトと表裏一体。

 広範にわたってカバーできる愛というものを探していた。愛とはタイムレスなものだと思っていた。未だ広げたことのない大風呂敷だと思っていた。

 私は人の泣き顔が苦手だ。「涼しい顔をしていてほしい」。それは泣いている人を前にして、自分の無能力を実感したくないからだ。私じゃ笑わせられない。安楽させられない。辛い。

 だからその日も、見知らぬあの子の笑顔かわいい、いつも笑っていてほしい、なんて軽口を叩いていた。そしたら一言いわれてしまった、ほおー、泣くなってことか? と。なかなか意地悪ではないか。しかし・・・。

 許せないことなんてあんまりないと思ってた。そんなことはなかった。私が無力に落ち込んでたら、傷ついた人は生殺しなんだ。悲しみは悲しみで解かれていく。その時間を許せない自分に気づいていなかった。

 そもそも「悲しみの外じゃ何もできない」と思うのは違うみたいだ。

 子供の頃から、そばにいるのは受動的な行為だと思っていた。悲しみがあるからそこにいるんだと。今になって言えるのは、先に自分があったってこと。私は選択してそこにい続けたってことだ。

 他にできることがないからそばにいたんじゃない。そのとき私は何でもできた。どこかで楽しむこともできた。そんなことはどうでも良かったんだ。そばにいることはハッピーなことではなかったけど、したかった。なぜかってそりゃあ・・・。

 受け入れることが愛なら許しってなに、というフレーズをひんぱんに思い出す。

 愛って完璧じゃないんだね。それを薄々勘付きながら、サンタみたいに信じてた。完全無欠のギフトがあるって。そんなのあったら欲しいよね。

 受け入れられないことあってこそのLOVEなのではないか。受け入れられないことこそ綺麗で神聖で、ともすれば私を否定する鋭さを持つ。だからその鋭角に対応できる、いびつで偏狭な感情ってくらいのもんなのかもしれない。実際は。

 だってうまくいかなきゃ酷いことにもなるし。そう簡単にヒットもしないし。しかし言葉遊びの感もあるな。ひとまず今夜はおやすみ。